JAPANESE LIBRETTO
「羽衣」
1b.
[語り]
風早の
三保の浦半を漕舟の、
浦人噪ぐ浪路かな。
萬里の好山に、
雲忽に起り、
一楼の明月に
雨初めて晴れり。
げにのどかなる時しもや
春の景色松原の
浪立ちつゞく朝霞
月も残りの天の原。
及びなき身の眺めにも、
心そらなるけしきかな。
忘れめや、
山路をわけて清見潟。
遥かに三保の松原に、
立ちつれいざや通わん。
風向ふ、
雲の浮浪たつと見て、
釣せで人や歸るらん。
待てしばし、春ならば
吹くものどけき朝風に、
松は常盤の聲ぞかし。
波は音なきあさ凪に、
釣人おほき小舟かな。
2.
[歌]
(漁師)
是は三保の松原に、
伯陵と申す漁夫にて候。
われ三保の松原にあがり、
浦の景色を眺むるところに、
虚空に花降り音樂聞え、
靈香四方に薫ず。
3.
[語り]
(漁師)
虚空に花降り音樂聞え、
靈香四方に薫ず。
これ唯事と思はぬところに、
これなる松に、
美しき衣掛れり。
[歌]
(漁師)
これ唯事と思はぬところに、
これなる松に、
美しき衣掛れり。
立寄り見れば、
色香たへにして
常の衣にあらず。
いかさま取りて歸り、
古き人にも見せ、
家の寶となさばやと存じ候。
[語り]
萬里の好山に、
雲忽に起り、
一楼の明月に
雨初めて晴れり。
げにのどかなる時しもや
春の景色松原の
浪立ちつゞく朝霞
月も残りの天の原。
及びなき身の眺めにも、
心そらなるけしきかな。
忘れめや、
山路をわけて清見潟。
遥かに三保の松原に、
立ちつれいざや通わん。
[歌]
(漁師)
家の寶となさばやと存じ候。
4.
[語り]
(天女)
なうなう、その衣は此方のにて候。
何しに召され候ぞ。
[歌]
(漁師)
是は拾ひたる衣にて候程に、
取りて歸り候よ。
(天女)
それは天人の羽衣とて、
[語り]
(天女)
たやすく人間に與ふべき物にあらず。
元の如くに置き給へ。
(漁師)
そもこの衣の御主とは、
扨は天人にてましますかや。
さもあらば
[歌]
(天女)
末世の寄特にとゞめ置き、
國の寶となすべきなり。
衣を返すことあるまじ。
(天女)
悲しやな、羽衣なくては、
飛行の道も絶え、
天井に歸らんこともかなふまじ。
[語り]
(天女)
天の原ふりさけ見れば、
霞たつ、
雲路まどひて、
行方知らずも。
住み馴れし空にいつしか、
ゆく雲のうらやましき氣色かな。
千鳥かもめの沖つ浪、
行くか歸るか春風の、
空に吹くまでなつかしや。
[歌]
(漁師)
御姿を見たてまつれば、
あまりに御痛はしく候程に、
衣を返し申さうずるにて候。
(天女)
あらうれしや、さらば、
こなたへ給はり候へ。
(漁師)
暫く。
承り及びたる天人の舞楽、
只今奏し給はゞ、
衣を返し申すべし。
(天女)
うれしや、
此の喜びに迚もさらば、
人間の御遊の形見の舞、
[語り]
(天女)
人間の御遊の形見の舞、
月宮を廻らす舞曲あり。
5.
[語り]
乙女は衣を着しつつ、
霓裳羽衣の曲をなし、
天の羽衣風に和し、
雨に潤う花の袖
一曲をかなで
舞ふとかや
[歌]
春霞たなびきにけり
久方の
月の桂の花や咲く。
げに花かづら色めくは、
春のしるしかや。
面白や、天ならで、
こゝも妙なり天津風。
雲の通路吹きとぢよ、
乙女の姿しばし留まりて、
この松原の、
春の色を三保が崎、
月清見潟富士の雪、
いづれや春の曙、
たぐひ浪も松風も、
長閑なる浦の有様。
6.
[語り]
落日の紅は、
蘇命路の山をうつして、
緑は浪に浮島が、
拂ふ嵐に花ふりて、
げに雪をめぐらす、
白雲の袖ぞ妙なる。
7.
[合唱]
南無歸命月天子。
本地大勢至。
[語り]
あるひは天つ御空の緑の衣
または春立つ霞の衣。
さゆうさ さゆう颯々の、
花をかざしの天の羽袖、
なびくもかへすも舞の袖
[合唱]
色香も妙なり、
乙女の裳裾。
[語り]
東遊びの數々に、
その名も月の宮人は、
三五夜中の空にまた、
滿願真如の影となり、
[合唱]
御願圓滿国國土成就、
七寶充滿
[歌]
(漁師)
東遊びの數々に、
その名も月の宮人は、
三五夜中の空にまた、
滿願真如の影となり、
寶を降らし、
7b.
[語り]
さるほどに時移って、
天の羽衣浦風に、
たなびきたなびく三保の松原、
浮島が雲の足高山や、
富士の高嶺かすかになりて、
8.
[歌]
富士の高嶺かすかになりて、
天つ御空の
8b.
[語り]
霞にまぎれて、
失せにけり。
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